天理教の「陽気ぐらし」について、シンプルに、わかりやすく。

世界平和の、その先へ。天理教の信仰目的は「差別なく仲良く暮らすこと」|陽気ぐらし

信仰のある暮らし

こんにちは!『今日も信仰は続く』を運営している信司です。気軽に信ちゃんって覚えてもらえたら嬉しいな。

天理教ってどんな信仰なのか?という、よくある質問に対する僕の考え方は以前記事にしましたね。読んだことのない人はお時間があればぜひ。

今日はもう少し具体的に。天理教って結局なにを目指して活動しているの?というところについてです。

やはりどんな宗教にも目的があります。死んだ後に天国や極楽に行くことだったり、人間が生まれながらにして背負っている罪を償うこととか、業(カルマ)を超越するために解脱の境地に到達するなど。

僕も宗教家のはしくれとして今でも宗教学を勉強させていただくのですが、さまざまな宗教の特色や個性が一番色濃く出るのがこの「宗教としての目的」だなと感じます。今回は天理教のターンということで、よろしくお願いします。

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天理教として目指しているもの

この答え、天理教の場合は「この世に陽気ぐらしを実現すること」になります。

この世に」というところがポイント。天理教にはいわゆる「あの世」の概念がなく、死んだ人間の魂はまたこの世に生まれ変わると教えられます。天理教の死生観については、また記事にしますね。

さて、天理教が「この世に」実現させたがっている「陽気ぐらし」。具体的には、世界中の人間が仲良く助け合う世界だと教えられています。

たまに「要するに世界平和ってことだよね?」と捉えられる人がいますが、「陽気ぐらし」は世界平和のさらに向こう側にある世界なのだと思っていただいたければ幸いです。

世界平和の、その先へ

例えば、平和の定義こそ難しいものの、ここ数百年の戦争の歴史を振り替えってみれば今の日本はまさしく「平和な世界」ですよね。

けど、悲しいニュースは毎日のように運ばれてきます。虐待やいじめ、過労死や凶悪な犯罪など、胸が痛くなるような出来事が毎日のように起こっています。

そんなニュースを見るたびに思うことは、やっぱり平和なだけの世界じゃ物足りないよなぁということ。法律を遵守し、破った人間は裁かれていく世界は確かに平和だけど、それだけでは僕たち人間は幸せになれないんじゃないかと思うのです。

だからこそ、「人は人と仲良くたすけ合うために生きている」という(ことわり)を遵守する。その理を遵守する世界、 それはきっと、一人一人がたすけあい、笑いあい、感謝しあうような、明るくて陽気な世界。 それこそが天理教の信仰が目指している「陽気ぐらし」世界です。

なんだかキャッチーで親しみやすくありませんか?とりあえず今日はそれだけでも覚えていただけたら嬉しいです!

それでは!

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