陰で働き、人を褒めまくる「積極的な正直」でいこう|朝起き・正直・働き

陰で働き、人を褒めまくる「積極的な正直」でいこう|起き・正直・働き

信仰のある暮らし

こんにちは!『今日も信仰は続く』を運営している桑原信司です。

気軽に信ちゃん(@sh1n0329)って呼んでもらえたら嬉しいな。

今日は「正直」について。僕が信仰している天理教では、「朝起き」「働き」と並んで、「正直」であることを大切にしなさいと教えられます。

ですが、この「正直であること」は、宗教に関係なく大切なことですよね。みなさんも子供の頃から、「嘘はついちゃダメ」とか「正直でいい子だね」といった言葉をかけられてきたでしょう?

有名な童話でも、嘘をつくと鼻が伸びる『ピノキオ』や、嘘をつかなかった木こりだけが金と銀の斧をもらえるという『金の斧』でも、嘘は戒められています。

しかし、いざ大人になって社会へ出てみると、「正直でいること」の難しさを痛感します。本音と建前を状況によって使い分けてこそ「大人」とされがちですから。

ですが、ふと、おやさま(天理教の教祖)が仰せられている「正直」のニュアンスは、これまで感じていたものと少し違うかもしれない、と感じたのでシェアしたいと思います。

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正直は2パターンある

正直」という言葉の意味は、『広辞苑』によると、

心が正しく素直なこと。偽りのないこと。影日向のないこと。

広辞苑 第六版

とあります。基本的に誉め言葉として使われる言葉ですが、「正直者は馬鹿を見る」ということわざがあるように、逆の意味になる場合もあります。

ちなみに海外でも「Honesty is ill for thriving.正直は繁栄にとっては不都合である)」という言葉があります。

このことから、僕は「正直」という言葉が持つ二面性に注目してみました。すると、2つのパターンが浮かび上がったのです。

パターン1:消極的な正直

消極的な正直とは、ザックリ言うと「嘘をつかないこと」。真面目で正義感が強く、嘘をつくことが嫌いな人も「正直な人」って言いますもんね。

しかし、自分は正直でいなきゃいけない、と思えば思うほど、他人の嘘が許せないとか、都合の悪いことをはぐらかそうとする人にイライラすることがあります。

また、本音と建前をうまく使い分ける「世渡り上手」タイプの人に出し抜かれることもしばしば。

「嘘をつかないこと」は、清く正しいことのように感じますが、実際は制限しているだけの消極的な正直なのです。

パターン2:積極的な正直

さて、ここではおやさま(天理教の教祖)が「正直」についてどのように教えられたのかというところから紐解いてみましょう。

蔭でよく働き、人を褒めるは正直。聞いて行わないのは、その身が嘘になるで。

『稿本天理教教祖伝逸話編』 111「朝起こされるのと」

陰でよく働き、人を褒める」ことを「正直」だと仰せられました。これは文字通り、人の見ていないところでもしっかりと働き、また、相手のいないところでも人を褒めるという姿です。

これらは別にしなくても普通に生きていけますし、むしろしない方が楽に生きていけるとも言えます。しかし、おやさまはこれを実行していく姿を「正直」だと仰せられました。

前者が「○○しない」という制限だったのに対して、後者には「陰で○○する」という積極性があります。なので、ここではこれを積極的な正直と呼ぶことにします。

陰口は心を貧しくする

過去の僕は、嘘をついたりするようなタイプではなかったけど、どちらかというと「人の見ていないところではサボり、いない人の愚痴や不足を言う」ことは多かったです。典型的な「消極的な正直」ですね。笑

けど、人のいないところで陰口を言っていると、「もしかしたら自分も誰かから陰口を言われているんじゃないか」っていう気持ちにもなりませんか?

僕は、それがだんだんしんどくなってきました。人間ってどうしても、自分の物差しで相手を判断してしまう生き物ですからね。

このように、自分がやっていることは、どうせ他の人もやっているんじゃないか?(=だから俺は悪くない!) と思い込んでしまう現象は、心理学では「投影(とうえい)」と説明されます。

心理学における投影とは、自己のとある衝動や資質を認めたくないとき、自分自身を守るためそれを認める代わりに、他の人間にその悪い面を押し付けてしまうような心の働きを言う。

出典:Wikipedia「投影」より

同じ現象で、自分がよくサボる人は「相手もどこかでサボっているはずだ」と判断してしまいがち。嫌な奴ですね(笑)

だからか、以前の僕は、人をあまり信用できなかったり、人の欠点を見つけては優越感を感じていた「心の貧しい人」でした。

気遣い上手な人になろう

チューリップ(黄色)の花言葉は「正直」

ところが、逆に「陰で人を褒めまくる」ということをやりはじめると、不思議と「もしかしたら自分も知らないところで褒められているかも!」と思ったりもできちゃうのです。

単純かよ!笑

また、「陰で人のために働きまくる」ということを普段からやっていると、今まで気づかなかった「陰で頑張っている人たちの優しさ」に気が付くようになります。

例えば、「あ、ここ綺麗になってる、きっとあの人のおかげだな」「きっとこの資料を作るの、大変だっただろうな、ありがたいな」「晩御飯が美味しい、これはかなり手が込んでいるぞ、嬉しいな」といったように。

こんなかんじで、さりげない人の優しさに気が付くようになった僕は、その人にはもちろん、その人のいないところでも感謝の気持ちをたくさん口に出すようになりました。

そして自分も実践していけば、いつの間にか「気遣い上手な人」になっているはずです。

これは社会人としては最高の褒め言葉じゃないでしょうか? さりげない一言や何気ない行動が、人の心を掴むので、みんなから愛され、受け入れられるようになるからです。

積極的な正直でいこう

このように、おやさまが仰せられる「正直」とは、社会的な秩序やルールを正しく守り、まじめで嘘をつかない、という消極的なものではなく、陰で人を褒め、陰で人のために働く積極的な正直であることに気が付きました。

僕自身もまだまだですが、これからもどんどん陰で人を褒め、陰で人のために働きます。いつも自分の働きぶりを、ブログでアピールしてしまっているので、人の倍くらいは頑張らなきゃです。笑

それではっ!

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