【#これが私の信仰のある暮らし04 妹尾 智昭さん】ドナーになって骨髄を提供したのは、「人助け」の教えを信じているから。

【#これが私の信仰のある暮らし04 妹尾 智昭さん】ドナーになって骨髄を提供したのは、「人助け」の教えを信じているから。

信仰のある暮らし

たとえ同じ宗教を信仰していても、そのライフスタイルは人それぞれ。じゃあ、みんなはどんな「信仰のある暮らし」を営んでいるんだろう。

そんな素朴な疑問から生まれたこの企画。信仰のあるライフスタイルマガジン『今日も信仰は続く』のこのコーナーでは、「#これが私の信仰のある暮らし」をテーマとして天理教の信仰者にインタビュー。

そこから見えてくる、色とりどりな「信仰のある暮らし」を紹介していきます!

過去の記事はこちらから▼

第4回目となった今回は、僕が日ごろからお世話になっている天理教京都教区青年会の自慢の先輩、妹尾智昭さんの「信仰のある暮らし」。

今回は、妹尾さんが過去に行った「骨髄ドナー登録」と、実際に提供されたときのエピソードなんかを掘り下げて聞いてみました。

それでは、いってみましょう!

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妹尾 智昭さんのプロフィール

妹尾 智昭(せお ともあき)33歳

京都府宇治市にある、天理教京太田分教会に勤める信仰者。2014年に「誰かの力になれるのなら」と骨髄バンクにドナー登録し、2017年に骨髄の提供手術を受ける。好きな言葉は「誠真実」「自分らしく」「しんどい時は寝る」。

Twitter➤ @tomos26  Instagram➤ tomos26

妹尾さんの「信仰のある暮らし」

それでは、妹尾さんの「信仰のある暮らし」をインタビュー形式でお届けします。

「信仰のある暮らし」をおくるようになったきっかけは?

大きなきっかけと言うより、本当にだんだんと、塵が積もるように信仰の有り難さを感じて、皆さんに育ててもらいながら今に至るなぁと思います。

と言うのも、僕は天理教の教会で生まれ育ったので、幼い頃から信仰がすぐそばにありました。上の兄姉の影響もあり、自分の家が天理教であることにも特に抵抗なく育ちました。

小・中学校の友人も理解のある子ばかりだったので、多感な時期に家柄も全て受け入れた上で仲良くしてくれたことも大きな要因だったと思います。

幼少期の妹尾さん

もちろん、はじめから信仰を理解していたわけではなかったけれど、高校、大学、社会人と年を重ねるなかで、人間関係や自分の心のことに悩まされるとき、その窮地から抜け出すヒントをくれたのはいつも「天理教の教え」だったと思います。

そのなかでも、特に印象的だったことは?

一つ挙げるとするならば、大学生のときに素敵な先輩に出会えたことですね。

その方も天理教を信仰していたのですが、僕とは考え方や行動が違っていて、それがかなり衝撃的で。そんな人柄に憧れて、「自分もこんなあたたかい影響を与えられる人になりたいなぁ」と思ったくらいです。

それから僕は、自分の今までの過ごし方を大反省しました。人や環境に不満を言って笑いを取るような、どうしようもない人間だったので(笑)

やっぱり、出会った人達の影響がいちばん大きいですね。

そんな暮らしのなかで、なぜ骨髄バンクのドナー登録をしようと思ったのですか?

天理教の教えって、つまるところ「人助け」じゃないですか。

やっぱり、困った人には手を差し伸べなければ…とか、周りの人に喜んでもらいたいなとか、神様はどんな行いや言葉、心を望んでいるのだろう? って考えたりもするんですね。

ただ、僕が人見知りな性格ということもあって、なかなか自分から積極的に「人の為に行動しよう!」となれませんでした。どちらかと言えば受け身なところがあって…。

だからかな、はじめは献血にハマったんです(笑)

自分が健康でいるだけで、誰かの力になれるってすごくないですか? 対象が誰なのかわからないというのも、僕にとっては気が楽なところもあって。

献血が終われば「後は好きなように使って下さい」っていう、ある意味ちょっと無責任なかんじが自分に合っていたんじゃないかなと思います。

そんなある日、いつものように献血に行くと、献血バスの隣に骨髄バンクのテントがあって、そこでドナー登録を呼びかけていたんです。「ドナー」という言葉自体は聞いたことがありましたし、実際に興味もあったので「誰かの力になれるなら」と本当に何気なく登録しました。

実際に提供するときの流れや、当時の心境について教えて下さい

当時のFacebookの投稿より

ドナー登録をしてから、なんと2ヵ月後には適合通知がきました。

正直、とても動揺しました。実際に家族や勤務先へ連絡したり、今後の体調管理のことなどを考え出すと、心の準備が追い付かずに悩んでしまって。

結果から言うと、その患者さんとは移植までには至りませんでした。移植手術には、確認の検査をはじめ、様々な準備があります。

ドナーが見つかったからと言って、必ずしも移植がスムーズに出来るわけではないんですよね。しかも、非血縁者同士で一致する確率はかなり低く、なんと数百~数万分の一くらいの確立なんだそうです。

にもかかわらず、僕の場合はドナー登録をしてから約2年間で4人の方と適合しました。たくさんのご縁を頂くなかで、徐々に「使命感」みたいなものが胸に湧いてきましたね。

そして、4人目にご縁を頂いた方と、無事に骨髄移植手術をすることができました。割と落ち着いていたつもりですが、手術台に寝転がった瞬間に最高にドキドキしましたね(笑)

詳しい流れは、公式サイトがわかりやすく説明しているのでどうぞ!

その中で感じた喜びはありましたか?

手術は全身麻酔で行われたので記憶はありません。術後、目が覚めると腰に痛みはありましたが、昼過ぎには身体を起こせるようになり、夕方には夕飯も食べることができ、ゆっくりであれば歩くこともできるようになりました。

徐々に意識や身体が回復していく中で、人間のからだの不思議、丈夫さに詠嘆すると共に、不自由なく生きていることにただただ感謝するしかありませんでした

そして後日、患者さんとその旦那さん、娘さんからお手紙を頂きました。

提供した相手の個人的な情報は何も知ることは出来ませんが、そこには確かに僕の骨髄を待ってくれていた人たちがいることを実感させてくれました。

特に、旦那さんからの手紙の、次の一文に目が止まりました。

‶ 私どもは、途方に暮れていました… 〟

それまで僕は、骨髄を提供こそしましたが、どこかで「これは自己満足でやったことだから」と思っていたんです。

でも、僕には想像も出来ない程の先の見えない暗闇を歩いている中で、自分のしたことが一縷の光になれたのであれば、本当にやって良かった…!と、この手紙を読んで、そう思うことができたんですね。

信仰者として、とても大きな喜びを感じさせてもらいました。

妹尾さんにとって信仰は、暮らしにどのような影響を与えるものですか?

自分に対しては、日々心と向き合う勉強をさせてもらえるものだと思います。

もちろん、信仰生活のなかには感情的になったり、元々の性格もあるので後ろ向きになってしまう日々もありますが、信仰はそこからさらにその「心」と向き合って、自分がどうするべきか?何をするべきか?なぜこんなことが起きてきたのか?を考える時間をくれるんですよね。

すると、考え方の道筋がいくつも見えるようになります。気が緩むと、つい自分のことばかり考えてしまいがちですが、人の為を思って過ごす時間、かける言葉、心遣いが増えてきたことを実感します。

特に「人間関係」は避けることの出来ないテーマ。やはり僕らは1人では生きていけませんから、周りの人に感謝して穏やかに過ごせる人生を、これからも模索しかなくちゃなと思います。

これからの展望や夢があれば教えて下さい

まずは「穏やかに、あたたかく生きること」。今の僕にはなかなか難しいことですが、難しい顔をしながらでも、人の為に自分が出来ることを考えてコツコツと実行していけたらと思います。あと子供が好きなので、将来的には里親活動もしたいです。

そして実は先日、骨髄バンクから再び適合通知がきました。それもなんと、僕の誕生日の日付けで。

まさに、「神様からの誕生日プレゼント」ですよね。

ドナー登録をすると2回まで提供ができるので、今回いただいたこの「ご縁」の意味をしっかり受け止め、体調管理に努め、移植手術まで進めるように頑張りたいです!

インタビューを終えて

さて、前回から少し期間があいてしまいましたが「#これがわたしの信仰のある暮らし」のインタビュー記事を書くことができました。妹尾さん、どうもありがとうございました。

「自分が健康に生きているだけで、誰かのためになれる」そう話す妹尾さんのあたたかな人柄がとにかく心に響いて、「こんな人になりたいな」と感じさせてくれます。

天理教の教えは「人助け」。いたってシンプルですが、妹尾さんの信仰を根底から支え続けてくれる「芯」のようなものが見えたような気がしました。

僕自身には輸血経験があるので、妹尾さんのようにドナー登録をすることはできませんが、今後も「人助け」を信仰のある暮らしの芯に据えて、穏やかにあたたかく過ごしていきたいな。

妹尾さん、どうもありがとうございました!

ドナー登録についてもっと知りたい方は、こちらの公式サイトからどうぞ。


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