こんにちは!『今日も信仰は続く』を見ていただいてありがとうございます。桑原信司(@shin0329)です。

気軽に信ちゃん、って覚えてくれたら嬉しいな~!
※ ※ ※ ※ ※
「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」
これは、『嫌われる勇気』で一躍有名になった心理学者、アルフレッド・アドラーの言葉です。
たしかに僕たちは、自分以外の人間と比べることによって、短所やコンプレックスを思い知らされ、そして悩まされることになります。
最近は SNS など「他人と比べられる環境」が増えてきたせいか、より「劣等感」「コンプレックス」が身近なものになってきましたよね。
そこで今回は、僕の経験をもとに「劣等感を捨てるための思考」について書いていこうと思います。
劣等感まみれの学生時代

劣等感で悩まされている人は多いと思いますが、実は昔の僕もそうだったんですよね。
とくに小学生の頃は(早生まれだった影響もありますが)勉強もダメ、スポーツもダメ…という典型的な『のび太君』タイプの子供でしたから。

あ、あと「家が貧乏」も追加で…(苦笑)
親戚には発達障害じゃないの?と心配されたそうですが、母親は「そんなことない!この子は十分賢いし、身体だって必ず大きくなる!」と言って応援してくれたらしくて。その点は、すごく感謝しています。
しかし、いざ同級生と比べてみると、やはりその差は歴然でした。体育テスト、運動会、通知表の成績などで「いかに自分がダメ人間なのか」という事実は、これまで嫌というほど知らされてきたんですよね。
そんな少年時代を過ごしてきたからか、僕は大人になっても自分に自信が持てなくて。ずっと「劣等感」「コンプレックス」に悩まされてきました。
劣等感を、切り離せ!

けど、それももう過去の話。今の僕には「劣等感」も「コンプレックス」もありません。
なぜなら「人と比べて落ち込むことに、まるで意味を感じなくなった」からです。
これはもちろん、急に成績が上がったり、スポーツが得意になったわけでも、ましてや宝くじを当てたわけでもありません(笑)
考え方が、少し変わっただけなんです。
いやいや、それができれば苦労しないよ!! と思った人。大丈夫です。
「こころ」と「からだ」に境界線を引くことができれば、もう自分のことをダメなやつだなんて思わなくなりますよ。
詳しくお話しましょうか。
「こころ」と「からだ」に境界線を

この考え方のヒントになったのは、僕が信仰している天理教の「かしもの・かりもの」という教理。
これは心だけが自分のもので、身体は神様から「お借りしているもの」だとする教えです。
それはまさに、「こころ」と「からだ」に明確な境界線を引く、という考え方にも繋がります。図にしたらわかりやすいですかね?

ほら、僕たちの「からだ」って、よくよく考えてみると、手足のように思い通りに動かせる領域と、そうじゃない領域があるじゃないですか。
たとえば心臓や肺などの呼吸器官、胃や腸などの消化器官とか。これらは手足のように思い通りに操作することはできませんよね。
この点を指して、僕たちの「からだ」は自分のものじゃない(=神様から借りているもの)から、「こころ」とは分けて考えましょう、と教えられるのが「かしもの・かりもの」の教理の概要。
詳しくはこちらの記事で解説しています。
人と比べて、落ち込まなくていいんだよ

このように「こころ」と「からだ」を分けて認識することができると、冒頭に書いた通り「劣等感を切り離す」ことができるんです。
これはどういうことかというと…
たとえば、あなたが軽自動車に乗っているとします。
軽自動車は燃費はいいけどエンジンが弱いので、急な坂道やオフロードは苦手です。スピードも出ないので、後からきたスポーツカーに追い抜かれることもあります。
けど、だからって「軽自動車でスポーツカーに追い越される僕は、なんてダメな運転手なんだろう…」と悲しくなったりしませんよね?
「軽自動車で坂道をグングン走れない僕は、なんてダメな運転手なんだろう…」なんて落ち込む必要性は、どこにもないですよね?
それはちゃんと「運転手」と「軽自動車」を、切り離して認識できているからです。
同じように「こころ」と「からだ」を切り離して考えられるようになると、もう誰かと比べて傷ついたり、落ち込んだりする必要がなくなります。
必要ないということが理解できたら、人は自然と「やらなくなります」。とにかく僕はそうやって、劣等感やコンプレックスを捨ててきました。
僕も「価値のある人間」なんだ

もちろん、この考え方は「僕はダメ人間なんだけど、こんな風に考えているから平気です!」という諦めではありません。
だってその理屈で言えば、スピードの出ない軽自動車は、みんなから必要とされていないダメダメな車、ということになるでしょう?
けど実際は、そんなことはありません。むしろ軽自動車こそ、たくさんの人の役に立っている優秀な車だったりしますからね。
ましてや、僕たちの「からだ」は、神様から「借りているもの」。つまり神様由来のものです。
神様がこの世界を「陽気ぐらし世界」へと切り替えていくために貸し与えてくださったこの「からだ」が、誰の役にも立てない…はずがないじゃないですか!
それはつまり、僕たちの「からだ」は絶対に【何らかの形で、誰かの役に立ったり、誰かを笑顔にすることができる】能力を備えているということ。
僕は、そう信じています。そして、みんなにもそれだけはどうか信じてほしい、とも思っています。
まとめ
というわけで、劣等感やコンプレックスに悩んでいる人は、「こころ」と「からだ」に境界線を引こうね、というお話でした。
僕らの「からだ」は可能性に満ち溢れています。そして、その扉を開けるカギは「こころ」が握っています。
だからこそ天理教は「こころ」を磨き、人に優しくなりましょうという教えを説いているのだと思いますし、この世界の成功者と呼ばれる人たちは、みんなこぞって「こころ」を磨いています。
稲盛和夫さんなんかは、いい例ですよね。著書『心。』は面白かったですよ。良かったらこちらも読んでみてください。
そして、ぜひこの考え方で劣等感を捨てて、自分が幸せにできそうな人を、1人でも多く幸せにする人生に切り替えてみて下さい。
きっといつの間にか、自分も幸せになっているはずです。
それではまた、次の記事でお会いしましょう。信ちゃん(@shin0329)でした!