天理教の朝夕のおつとめについて、わかりやすく。【太鼓がうるさいのは、ホントにごめんなさい】

天理教の朝夕のおつとめについて、わかりやすく。【太鼓がうるさいのは、ホントにごめんなさい】

信仰のある暮らし

いやぁホント、申し訳ないっす。

こんにちは!『今日も信仰は続く』にお越しいただきありがとうございます。桑原信司(@shin0329)です。

信ちゃん
信ちゃん

気軽に「信ちゃん」って覚えてもらえたら嬉しいな~!

今日は、全国にある天理教の教会が毎日執り行う「おつとめ」という祭事について、わかりやすく解説します!

近所に天理教の教会がある、って人は「もしかして、アレのことか…?」と勘づいておられると思いますが…

たぶんそれであってます。朝から拍子木がカンカン、太鼓がドンドンなる”アレ”についてです。

僕が勤務している教会は住宅街にあるので、太鼓は鳴らさず、できるだけボリュームを抑えていますが、それでも「天理教、朝からうるさいよ~!」なんて意見をSNSなどで見かけると申し訳なく思います。

年に一度の除夜の鐘ですら自粛しているご時世なのにね。こちとら毎日ですからね。すみません…。

だけどやっぱり、信仰者としてはこの「朝夕のおつとめ」を自粛するわけにはいかない理由があるんですよね。

その理由がわかれば、少なくとも”得体の知れない怖さ”みたいなのは払拭できるかなと思いますので、今回の記事でわかりやすく解説していきたいと思います。

それではいきましょう!

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「朝夕のおつとめ」とは?

天理教では、毎日決められた時間に「おつとめ」という祭事を執り行います。

奈良県天理市にある天理教教会本部では、「日の出」と「日の入り」に合わせてつとめます。全国の教会でも、それぞれに時刻を定めて、朝と夕の2回つとめています。

僕が勤務している教会だと、朝は6時30分、夕方は18時から。所要時間はだいたい15分くらいでしょうか。

信ちゃん
信ちゃん

わりかしササっと終えるスタイルだよ!笑

ただ、僕もわりとあちこちの教会へお邪魔する機会があるのですが、教会によっていろんなスタイルがあるんですよね。

例えば、おつとめ後に茶話会が開催されたり、天理教の本の朗読会をされたりとか。なかには1時間ほどの講話を設けておられる教会もありました(これはなかなかレアなパターンですが笑)

とりわけ、僕が勤務している教会は、本当にオーソドックスのど真ん中だと思うので、ここからはそれを基準にして解説を続けていきますね!

どんなメンバーでつとめるの?見学はできる?

朝夕のおつとめは、基本的には教会に住んでいる人たちでつとめます。そこに近隣の信者さんが参拝するようなカタチですね。

今の時期は参拝自粛をお願いすることもありますが…。いつかまたたくさんの人が参拝に来てくれたらなと思っています。

ちなみに見学・参拝は自由で、もちろん参加費などは必要ありません。興味のある方はぜひ足を運んでみてください。

信ちゃん
信ちゃん

僕でよければ案内させてもらいますよ~!

使用する楽器は何種類?構成は?

「朝夕のおつとめ」に使用する楽器はこの5つ。写真右から太鼓、数取り、拍子木、ちゃんぽん、すりがねです。

参拝者の人数によっては、省略される場合もありますね。あと、僕が勤務している教会では、ご近所さんとの兼ね合いもあって、朝は拍子木のみでつとめています。

残りの参拝者は神殿に座り、歌を唱和しながら手を振ります。同じ動作の繰り返しなので、そこまで難しくないと思います。

持ち物や服装は?

持ち物はとくに要りませんが、参拝者の多くは「ハッピ」と呼ばれる羽織を着ます。こんなやつですね。

どこの教会にも貸し出し用のハッピはあると思うので、そこで借りることもできます。

信ちゃん
信ちゃん

気軽に声かけてくださいね!

「朝夕のおつとめ」をつとめる理由

さて、少しばかり前置きが長くなりましたが、ここからは冒頭でもお話していた「なぜするのか?」という本質的な理由について、ザックリとまとめていきますね!

まず大切なのは「朝夕のおつとめ」に込められた2つの意味合いについて、解説していきます。

「朝夕のおつとめ」をつとめる2つの理由

  1. 神様にお礼を申し上げる
  2. 心を掃除する

1.神様にお礼を申し上げる

まずはこれです。なぜなら、やはり僕たち人間が「生きている」ということは、すごく有り難いことだから。

天理教では、この世界のあらゆるものは「神様が用意してくださったもの」だと教えられてます。

で、その際たるものが僕たちの「身体」。

だってほら、心臓を休まず動かすことも、食べたものを消化・排泄することも、体温を一定にキープすることも、まさにout of control (手が付けられない)な働きでしょう?

そんな「人体の不思議」に、僕たちは神様を感じずにはいられないわけです。

だから、そのお礼の気持ちを申し上げるために、毎日欠かさず「朝夕のおつとめ」をつとめます。

今日も結構に体を使わせていただき、ありがとうございます、と。

2.心を掃除する

そして2つめの理由は「心を掃除する」になります。

天理教にとって、人間とはもともと「仲良くたすけ合う」ために存在しています。

信ちゃん
信ちゃん

いわゆる「性善説」ってやつですね!

性善説(せいぜんせつ)とは、孟子が説いた「人間の本性は道徳的であり善である」とする説。

似ている言葉に性悪説(せいあくせつ)があり、これは荀子が説いた「人間はもともと残虐で罪深い」とする説。

しかし、僕たち人間は生まれ持った素質は善なのに、過程的な悪として「良くない心遣い」をしてしまうんですね。これは信仰している、していないにかかわらず。

だから天理教ではこれを埃に例えて「こまめに掃除しなければ、心が汚れてしまいますよ」と教えられます。

で、その掃除の方法というのがこの「おつとめ」なわけです。

今日も心を磨きましょう

というわけで、以上が天理教の教会で毎日「朝夕のおつとめ」をつとめる理由でした!

まずは神様に、生きる喜びと感謝を申し上げるために。

そして、人間本来の優しく思いやりのある心を取り戻すために、今日も全国の教会で「朝夕のおつとめ」がつとめられます。

よかったらまた、一緒に参拝しましょうね!

それではまた次の記事でお会いしましょう。信ちゃん(@shin0329)でした!

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