キリスト教の開祖、イエス・キリストの生涯について、わかりやすく。

人類史上、世界にもっとも影響を与えた存在。キリスト教の祖、イエス・キリストの生涯について、わかりやすく。

今日も信仰は続く

レジェンドの、レジェンドたる所以とは?

こんにちは!『今日も信仰は続く』を見ていただいてありがとうございます。桑原信司(@shin0329)です。

信ちゃん
信ちゃん

気軽に信ちゃん、って覚えてくれたら嬉しいな~!

先日宣言したように、シリーズ「#信仰のある偉人たち」の連載を書いていきます。今回は、世界でいちばん信者数の多いキリスト教の祖、イエス・キリストについて。

ちなみにキリスト教の信者数は現在約22億人で、これは世界人口のおよそ30%を占める割合になります。歴史も古く、ヨーロッパはもちろん、アメリカ大陸にもたくさんの信仰者がいて、そういった人たちの文化のルーツになっていることも多い宗教です。

しかし、イエス・キリスト自身が布教に費やした期間はごくわずかで、布教範囲もパレスチナ地域周辺のみだったと言われています。そんな彼の信仰がなぜ、後世にこれだけ絶大な影響を与えるほどの世界宗教になったのでしょうか?

今回はその理由のひとつとして挙げられる、彼の生涯について解説していきたいと思います!

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救世主イエス・キリスト

イエス・キリストとキリスト教を語る前に、彼がパレスチナに住むユダヤ人で、ユダヤ教徒でもあったことと、じつはあまり知られていない「ユダヤ教」について、まずはかんたんに解説しておきましょうか。

ユダヤ教について、かんたんに。

ユダヤ教は一神教で、ヤハウェという唯一の絶対神を信仰していました。当時のユダヤ人以外の人たちの多くはギリシャ神話、北欧神話、古事記に代表されるように、多神教を信じているのが一般的だったことを考えると、ユダヤ教徒たちはある意味マイノリティなグループだったといえるでしょう。

このユダヤ教には厳しい戒律(トーラー)があり、それを遵守するユダヤ人だけがヤハウェによって救われるのだと信じられていました。ここには確固たる選民思想があって、それを理由とした差別が当時のパレスチナでは横行していました。

結果的にこの教えを否定し、神の愛の前では皆が平等だと説いたのがイエス・キリストとその教え(キリスト教)となるわけですね。

当時のパレスチナの状況について

イエス・キリストが生まれ育ったパレスチナ周辺の状況についても補足をしておきましょうか。

彼は現イスラエル北部のガリラヤ地方、ナザレという場所で育ったとされています(諸説あり)。

このあたりに住むユダヤ民族の多くはユダヤ教を信仰していたので、彼もまた30歳のときに洗礼者ヨハネに弟子入りします。ちなみにそれまでは農業と大工で生計を立てていたようです。

当時のパレスチナ地方を治めていたのはヘロデという王様(マタイ福音書に出てくる領主ヘロデの父親)だったのですが、彼の後ろ盾には強大なローマ帝国があり、着々とローマによる支配化が進められていました。

もちろんユダヤ人たちはこれに反発しますが、やはりローマ帝国の強大さにはなすすべもありません。そんなときに現れたのがイエス・キリストでした。

宣教活動、スタート!

そういった時代背景を理解したうえでイエス・キリストの生涯を見ていくと、彼は宗教家であるとともに、社会福祉活動家(ソーシャルワーカー)であり、やがては革命家として広く人々に認識されていく側面も持ち合わせています。

まず、彼はユダヤ教が当たり前にようにおこなっていた人種差別に反対しました。そして、ユダヤ教において「救われない人々」とされていた被差別民に対しても「愛と平和」を説いてまわり、先々で奇跡をおこしたとされています。

イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた。

そこで、イエスの評判がシリア中に広まった。人々がイエスのところへ、いろいろな病気や苦しみに悩む者、悪霊に取りつかれた者、てんかんの者、中風の者など、あらゆる病人を連れて来たので、これらの人々をいやされた。

『マタイによる福音書』4章

この「愛と平和」は、今もキリスト教の教理を貫く根本的な思想。この宣教によって人生に希望を見いだした被差別民も多かったのでしょう。イエス・キリストを慕う人の集団は次第に大きくなっていきます。

待ち受ける、過酷な運命

しかしこれを良しとしなかったのが、ユダヤ教徒とローマ帝国。とくに政治支配を進めたいローマ帝国にとって、民衆から人気を集めるイエス・キリストの存在は邪魔になります。

また、彼を支持していた民衆たちの多くは反ローマ帝国派だったため、その人たちに「ローマ帝国を打ち倒す革命家(救世主=メシア)」として過剰に持ち上げられた、という側面もありました。

しかし、イエス・キリストの目的はローマ帝国と敵対する革命軍のリーダーになることではありません。彼はただひたすらに「神の愛」を説いて回りました。

そのため、結果的には革命を望んでいた民衆の期待を裏切ることになり、次第に虐げられる対象になっていきます。その後は弟子であるユダに裏切られ、ローマ帝国に対する反逆罪で捉えられ、そのまま十字架刑で政治犯として処刑されました。

彼が「神の愛」を説いてからここまで、なんと2年にも満たない期間だったと言われています。

信ちゃん
信ちゃん

これだけ短い活動期間だったにも関わらず、後世にこれだけ絶大な影響を与えるのは、マジやばいよね(語彙力)

イエスの死が残したもの

彼がゴルゴダの丘で十字架刑に処せられたことは有名ですが、それがどれだけ残酷な処刑方法だったのかは意外と知られていません(別に知らなくてもいいけど)

が、本当に辛かっただろうと思います。民衆から勝手に革命家として持ち上げられ、そして勝手に失望され、弟子に裏切られ、残酷な拷問を受け、ボロボロになったまま十字架刑で殺される、という結末。

なんだか勉強しているこっちがメンタルやられます。

けど、イエス・キリストの素晴らしいところは、これだけ残酷な運命のなかでも、その命尽きるまで一貫して「愛」を伝え続けたということ。その姿に胸を打たれた人も多かったでしょう。

そしてなにより、イエスが捉えられた時点で逃亡していた弟子たちにとって、その姿は残したインパクトの大きさは計り知れません。

その後、決意を固めた弟子たちの精力的な活動によって、イエス・キリストの教えはまたたくまに世界に広まり、ついにはローマ帝国公認の宗教となって世界の歴史に組み込まれていくのでした。

まとめ:受け継がれるのは、意志

というわけで、キリスト教の開祖であるイエス・キリストの生涯についてまとめてみました。

歴史上に偉人はたくさん存在していますが、やはり彼は特別です。なぜならアレクサンドロス大王や始皇帝などの偉人と違って彼は「なにかの偉業を成し遂げた」わけではないのに、歴史に名を刻んだから。

イエス・キリストが生涯をかけて貫いたのは、愛をもって弱い立場の人たちを救いたいという強い「意志」でした。それはアレクサンドロス大王や始皇帝らが築き上げたような「国」と違って滅ぶことなく、むしろその意志を受け継ごうとする人たちが後世にも続出しました。

キリスト教は、こうして世界宗教になっていったのだと僕は思います。

もちろん2000年以上経った今でも、彼の意志を継ぐ人は世界中にたくさんいます。もしそういった方々とお会いする機会があれば、ぜひ今回お伝えしたイエス・キリストの生涯を思い出してみてください。きっと仲良くなれるでしょう。

それではまた、次の記事でお会いしましょう。信ちゃん(@shin0329)でした!

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