交通事故で大ケガを負って、絶望していた僕を救った「魔法のコトバ」 | 『今日も信仰は続く』

交通事故で大ケガを負って、絶望していた僕を救った「魔法のコトバ」

信仰のある暮らし

——2017年12月14日。国道27号線で2tトラックと衝突したあの日のことは、実はほとんど覚えていない。左瞼には出血を抑えるテープが張られていて、うまく開けなかった。右目をうっすら開けながら辺りを見渡すと、そこは病院で、僕はいろんなパイプを繋がれた状態でベッドに固定されていた。右足が、割れるように痛かった。

それまでも何回か目を覚まし、家族と会話をしていたらしいけど、残念なことにサッパリ覚えていない。後から聞いたら、僕は衝突時に頭を強く打ったため、外傷性のくも膜下出血になっていたらしくて、それで一時的に記憶障害になっていたのだとか。

ちなみに僕の母の死因は、くも膜下出血でした。今思い出しても、ゾッとする。

けど、母との違いは「死ななかったこと」です。だから、こうやって振り返ることができるんですね。肝心なところはあまり覚えていないのだけど。

だから今回は、少し重たい話になるけれど、あのときの振り返りを。

本当に辛かったとき、僕はどんなことを考えて、なにに癒されたのか。

参考になる人は少ないかもしれないけど、綴っておきます。少しだけ、お付き合いください。

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「あの出血量で、よく生きてたね」

それは母親を亡くしてから、ちょうど10年が経ったころでした。当時25歳だった僕は、勤務先であった教会の大掃除へと向かう途中でトラックと衝突し、意識不明の重症に。

すぐさまドクターヘリで病院に運ばれ、そのまま緊急手術。記憶が安定しだしたころは、先に書いたように事故にあってから2日程経っていました。

診断結果は、外傷性クモ膜下出血、肝臓の損傷、そして複数個所の骨折。特に右の大腿骨は解放骨折(折れた骨が皮膚を突き破る骨折)という大ケガだったということ。

あの出血量で、よく生きてたね

手術を執刀した医者に言われて印象的だったセリフ。あとで家族や友人から知らされたのですが、地元でニュースになるくらい大きな事故だったようです。

泣いてばかりの入院生活

けど、今になって振り返ってみると、一番傷ついていたのは「心」だったんですよね。

入院生活は退屈でしたから、考える時間はたっぷりとあって。それが僕の場合は良くなかったのかな? どんどん抑うつ状態になっていきました。

それでもまだ昼間は、看病してくれる家族や看護師さんがいるため、そんな姿を見せられませんでしたが…右足が痛くて眠れない夜は、涙があふれて止まりませんでした

(なんでこんなことになってしまったんだろう…)

(どんな後遺症が残るんだろう…)

(この先僕はどうやって生きていけばいいの…?)

薄暗い病室のベッドの上で、そんなことばかり考えていました。

「魔法のコトバ」をかけられて

記憶が安定しだしたくらいから、事故のことを知った人たちがお見舞いに来てくれるようになりました。

遠くからわざわざ来てくれることは格別に嬉しかったのは言うまでもありません。本当に感謝しています。

ただ不思議なことに、来てくれた人たちは、みんな口々にこう言うのです。

とにかく、生きててくれて良かった」と。

僕は、この言葉をかけられるたびに、言葉にならない嬉しさが胸に広がっていったのを覚えています。それはまさしく、心の傷を癒す「魔法のコトバ」でした。

なぜなら、事故にあってからは気持ちが塞ぎこんでばかりで、前向きなことは一つも考えていなかったからです。

失ったものばかり数えていた僕は、この言葉を聞いてようやく「生きている」ことの有り難さを感じるようになりました。

だって死んでしまったら、本当にすべてを失いますから。

けど生きてさえいれば、選ぶことができます。絶望することもできるけど、残された希望を探すこともできる。涙を流すこともできるけど、友人に感謝の気持ちを伝えることもできる。

この先はどうなるかなんてわからないけど、それでも、僕は生きている。これからどう生きていくかを、僕自身の意志で選ぶことができる。それが最大の希望になりました。

では、希望とはなにか?最大の希望は、「それでも選べる」ということだ。どのような特徴を持って生まれてきたとしても、人生の目的も、それに向かう道筋も、自分の人生をコントロールする“選択肢”を握っているのは自分自身しかいない。

森岡 毅『苦しかったときの話をしようか』

信仰が選択肢を増やしてくれた

「魔法のコトバ」をかけられて、人生をなんとか再出発させた僕が選んだのは、「喜びを数える」ことと「感謝を忘れない」ことでした。どちらも、信仰を通して何度も聞かされた生き方だったから。

「僕にとって喜べることは、あといくつ残っているだろう?」

まずは命があったこと。右足はどうなるかわからないが、両手と左足は自由に使えること。フロントガラスがまぶたに刺さったけど、眼球は無傷だったこと。

不幸中の幸いってやつです。でも、絶望で凍えていた僕にとって、それは間違いなく喜びに値することだったのです。右足はどうなるか分からないというリアルさが、逆に強く、そう思わせたのかもしれません。

「僕が感謝を伝えなきゃいけない人は誰だろう?」

神様にはもちろん、お見舞いに来てくれたり、連絡をくれる友人や先生。治療やリハビリをしてくれる医療スタッフさん。部屋を掃除してくれる清掃スタッフのおばちゃん…

数えればキリがありませんが、できるだけ忘れないように、きちんと感謝を伝えました。しつこいくらいに、何度も、何度も。

すると、気がつけばいろんな人やスタッフさんが僕の顔を見るたびに「頑張ってね!」「だいぶ良くなってきたね!」「応援してますよ!」と、温かい言葉をかけてくれるようになりました。あのとき僕はひょっとしたら、病棟内で一番の人気者だったのかもしれません(笑)

心と身体の不思議な関係

「喜びを数える」ことと「感謝を忘れない」ことを選び、取り組んでいく。失ったものばかり数えていたころに比べて、僕の心はずいぶんと晴れやかになっていきました。

すると…不思議にも心の変化に呼応するように、身体はお医者さんも驚くほどの早さで回復していったのです。心と身体の関係って、やっぱり本当に不思議です。

そしてついにはリハビリこそ必要なものの、わずか1ヶ月で退院することができました。関係者の方々も、みんな驚きを隠せない、といったかんじで。「やっぱホラ、信司君はまだ若いからね~」なんて言われたりもしましたが…僕はきっと、それだけじゃなかったと思います。

だって、僕が前を向くことができたのは、たくさんの人に「命の有り難み」を教えてもらえたから。そして、そんな僕のことを応援してくれる人がいたからなんです。

そしてその道を切り開いた、「喜びを数える」ことと「感謝を忘れない」という生き方。どちらも天理教の信仰から学ばせてもらったことで、これからもずっと大切にしていかなくちゃいけません。

この先も生きていればいろんな出来事が起こってきますが、喜びを数えることと、感謝を忘れないことがいつでも前を向かせてくれると思うからです。

スピッツ / 魔法のコトバ

あふれそうな気持ち 無理やり隠して

今日もまた 遠くばっかり見ていた

君と語り合った くだらないアレコレ

抱きしめてどうにか生きてるけど

魔法のコトバ 二人だけにはわかる

夢見るとか そんな暇もないこの頃

思い出して おかしくて嬉しくて

また会えるよ 約束しなくても

スピッツ『魔法のコトバ』

僕は一人だと下を向いてしまいがち。

けれど、もう大丈夫。たくさんの心優しい人たちに支えられながら、今日も僕の信仰は続きます。

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