こんなときは、祈ろう。新型コロナウィルスとその騒動について | 『今日も信仰は続く』

こんなときは、祈ろう。新型コロナウィルスとその騒動について

今日も信仰は続く

こんにちは!『今日も信仰は続く』をご覧いただきありがとうございます。桑原信司です。

気軽に信ちゃん(@shin0329)って覚えてもらえたら嬉しいな。

新型コロナウィルスの感染拡大に関するニュースが連日報道されていますが、体調はいかがでしょうか? 例年風邪をひきやすい季節でもありますから、毎日の気温差に注意して手洗いうがいなどお忘れなく、くれぐれもご自愛くださいね。

今回の記事は、今も世界を脅かし続けているコロナウィルスとその騒動について、天理教の信仰者である僕の所感を掲載するものです。なお、筆者には医療等の専門知識がありませんので、先んじてコロナウィルスに関する一次情報を載せておきます。悪質なデマや風評被害に惑わされないように、まずはこちらでご確認いただけたらと思います。

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コロナウィルスに想うこと

TVでもネットでも、ここ最近のトップニュースはやはり新型コロナウイルスの話題。感染は確実に広がっていて、先日は僕の地元でもコロナウィルス感染者が出たという報道がありました。

小さな田舎町なので、これまではどこか「都心ならともかく、うちらは大丈夫でしょ」という空気感が少なからずあったのですが、街は一転して静まり返っています。

このコロナウィルスの臨床症状は風邪のようなもので、8割は自然に良くなってしまうといいます。ですから本来はそこまで恐れる感染症ではないはず…なのですが、それが大きな落とし穴でもあるんです。

なぜならインフルエンザ等と比べて症状が軽いため、コロナウィルスに罹患していることに気づかず人と接触してしまうケースが多く、これが感染拡大の大きな原因になっているからです。なので、感染の危機に晒されている恐怖とは別に「自分が感染源(加害者)になっているかもしれない恐怖」があります。

また、新型のウィルスということで特効薬も今のところなく、テレビでも過剰に不安をあおるコメントが取り上げられたり、SNSなどを通じて悪質なデマが拡散したりしており、これがいっそう不安感を掻き立てているという現状があります。

「思いやり」が弱まる社会

人って、不安を煽られ、いよいよ自分のことしか考えられなくなると、つい保身のために利己的な行動に出てしまうことがあります。誰にでも当てはまることだとは思いますが。

もちろん「自分の身は自分で守る」ことは大切なことでしょう。しかしその行動の裏に潜む「自分さえよければそれでいいじゃないか」という自己中心性に飲み込まれてしまうと、とたんに社会問題へと発展してしまいます。

身近なところで言えば、マスクやトイレットペーパーの買い占め・転売なんかはまさにそれ。海外ではアジア人差別が激化し、傷害事件になったケースも報道されています。

僕としては、こういった「思いやり」に欠けた行動が世界中でみられることが残念でなりません。トイレットペーパー騒動に関しては、被害を被った側でもありますし。

しかし、現状を嘆くだけではなにも進展しません。ただ嘆いたり怒ったりするのは、人間でなくてもできる「反応」ですから、やはり大切なのは「じゃあ、どうするか?」を考えることです。

反応ではなく、思考と選択を

すでにコロナウィルスによる影響が足元に及びだしてから1ヶ月あまり。もちろん、今日までにも様々な「じゃあ、どうするか?」を考え、選び、実行してきた人も少なくないでしょう。

もちろん「実際は忙しくって、そんなこと考えてる余裕ないよ」という意見もあると思います。

しかしですね、ここはひとつ、余裕があるから考えるのではなく、考えるから心にゆとりが生じるのだと思ってください。

ちなみに僕はどんな選択をしたのかというと、やはり、

  • 祈ること
  • 祈りを通してできた心の余裕で、目の前の人を癒すこと

ですね。まぁ、宗教家ですから。

「祈ること」の魅力

僕の信仰している天理教では、早期の収束はもちろん、罹患された方々やさまざまな困難に直面した方々の1日でも早い平穏な日常への回復を願って、全国にある教会で「お願いづとめ」という祈りの祭儀が執り行われています。

僕がつとめている教会でも毎日午前9時につとめられていますが、やはり不安が拭いきれない日々のなか、こうして「自分以外の誰かのこと」を願える習慣があるのは有り難いこと。

なぜなら、誰かの為を思って神様に祈るとき、波風が立った心は不思議と落ち着きを取り戻し、他者を思いやる優しい感情が立ち上がってくるからです。

これは「祈る」という行為そのものに縁のない暮らしをしてきた人には、きっと伝わりにくいものだとは思いますが…。

「祈る」という営みは本当に不思議な力を持っています。もちろん、

“病気や怪我が一瞬で治る”

“金運や恋愛運があがる”

とかそういう非科学的な話ではなく、祈ること自体が僕らの心に大きな影響を与え、それはおのずから行動にもあらわれるという話。

世界が不安と混乱に包まれていく今だからこそ、この「祈る」という営みの意義は大きくなっています。祈られる人はもちろん、祈る人にとっても。

空いた“心のスペース”で、人を想う

既に罹患された方々や、影響を危惧してイベントなどの自粛にあたっている方々の心労は相当なものかと思います。

僕の地元の友人からも、来月に結婚披露宴を挙げる予定だったのをキャンセルしたという連絡が入りました。

どれほど辛い思いをしたのか、考えただけでも胸が痛くなります。

ですから、彼には「落ち着いてきたら小規模でもいいから、お祝いパーティーをしよう」と提案してみました。すると、落ち込んでいた彼の顔に、少し明るい笑みが戻ったような気がして。

「そんなことを言ってくれたのは、信司が初めてだよ。ありがとう。」

そう言って喜んでくれたので、僕もなんだか嬉しくなった。これもきっと「祈り」を通してできた心の余裕で、相手のことを思いやれていたケースかなと。何気ない一言だったんですけどね。

世界には今、大変な思いをしている人たちがたくさんいます。心に余裕が持てず、人間関係のトラブルに巻き込まれてしまう人も多いでしょう。

だからこそ、僕は今日も祈ります。

この事態が一日でも早く収束するよう、日々、粛々と。

また、そうやってできた心の余裕で、相手のことを思いやれていけたらと思います。

Let’s make a wish

(願い事をしようぜ)

Easy one

(簡単なやつを)

That you are not the only one

(君だけじゃなくて)

And someone’s there next to you holding your hand

(誰かが隣で君の手を握ってくれているように)

Make a wish / ELLEGARDEN

「祈りプロジェクト」を立ち上げよう

特定の宗教への勧誘というわけではありませんが、もし今自分の心に余裕がないと感じているのなら、「誰かのために祈る」というプロジェクトを暮らしの中で立ち上げてみませんか?

場所はどこでも、時間も自由に。スタイルはそれぞれ。型にハマる必要もありません。ただただ心で「祈る」だけ。

きっと、心に優しく暖かなスペースが広がると思います。それを何に使うかは、目の前に広がる景色を見て、どうぞ「思考」と「選択」をしてみてください。

明日もたくさんの人が救われることを、一宗教家として願っています。

それではまた、次の記事でお会いしましょう。信ちゃん(@shin0329) でした!

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