幸せは冷めないうちに、言葉に変えてみませんか?

幸せが冷めないうちに、「ありがとう」を伝えるのが僕のルール。

信仰のある暮らし

こんにちは。『今日も信仰は続く』を運営している桑原信司です。気軽に信ちゃんって呼んでくれたら嬉しいな。

僕は昔から、人前で感情を言葉にするのが苦手でした。心の中に伝えたい感情はあるのに、それを言葉にするのがへたくそで。なんだかたどたどしいというか、不器用な話し方になってしまうような。

また、相手にわかりやすく伝わるように起承転結を意識して話すようにしているのですが、それはそれでわざとらしくなっちゃっていないか、話が長いと思われてないか不安になります。

そして恥ずかしながら、今でも喋って伝えることが苦手なのはそこまで直っていない気がします。

だから僕は発信するならYouTubeやラジオよりもブログの方が向いているなと思い、ブロガーになりました。文章なら落ち着いて客観的に組み立てられるし、気になった部分は後からリライトすることもできるから。苦手を克服することも考えましたが、喋ることも文章にすることも「発信する」という目的が同じなら、苦手を平均に合わせるよりも、得意を武器に変えていった方がいいなと思ったからです。 まぁ半分は言い訳ですが(笑)

そんな僕ですが、不器用でも必ず言葉にする感情があります。それもただ言葉にするのではなくて「すぐに」言葉にする。僕が一番苦手とすることですが、それでもやらなければもったいないのです。なぜなら、幸せは時間とともに冷めてしまうから。

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出来立てを召し上がれ

例えば料理を作ったとしましょう。その料理を誰かに食べてもらいたいとき「出来立てのうちに食べてほしいな」とは誰もが思うはず。

なぜなら冷めちゃうと美味しくなくなるから。ご飯は固くなるし、ラーメンは伸びてしまう。揚げ物はぼそぼそした食感になり、コーヒーは風味が飛んで酸っぱくなる。

やっぱりホクホクのうちに、肉汁がジュワ~っと溢れるうちに、香ばしさに包まれているうちに味わってほしい。そのうえで「美味しい!」と言ってもらえたら、料理した人は1番嬉しく感じるでしょう。

きっと冷めてしまったものを食べた人に「美味しかったよ」と言ってもらえたとしても「アツアツのうちはもっと美味しいんだけどな」と思ってしまうだろうから。嬉しいんだけど、どこかちょっと寂しいような。

僕はきっと「幸せ」にも同じことが言えると思っています。人からなにかをしてもらって「幸せだな」と感じたらすぐに言葉にして伝える。それが一番相手も喜んでくれるのだと僕は思います。

やっぱりすぐに伝えることが大切で、たとえ相手がその場にいなくても「今度会ったら言わなきゃ」では冷めてしまうし、ともすれば言い忘れてしまうことだってあるから電話やLINEですぐに伝えるようにしています。

そしてそれはきっと、上手く言えなくたって大丈夫。料理の感想だって、食レポのようなボキャブラリーに富んだ表現でなくても、ただただシンプルに「美味しい!!」と伝えてくれたら十分嬉しくなりませんか?

大切なのは「すぐに伝えたい」という勇気。アツアツの料理を食べて満面の笑みで「美味しい!」と言われるのが料理した人にとって一番嬉しいように、与えてもらった幸せが冷めないうちに「ありがとう!」と笑顔で伝えることは、相手にとっても幸せなこと。たったそれだけで、お互いの人生はもっといいものになります。

喜びも喜ぶから

僕が学生の時に教えてもらった、こんな素敵な歌があります。

 よろこべば 喜びごとが よろこんで 
喜びつれて よろこびにくる

作者は不明で、大正のはじめ~明治の終わりにかけて詠まれた歌ではないかと言われていますが、僕はこの歌が大好きです。「喜びごと」も人間と同じように喜んだり悲しんだりするかもしれないという発想が面白いなと思うし、喜びがまた新しい喜びを連れてくるというポジティブ・シンキングも見習いたいなと思うから。

そしてきっと、そんな喜びの連鎖は自分のなかでだけ小さく繋がっていくよりも、自分と両親や子供、友人や上司・後輩、たとえ知らない人とだって、関係なく連鎖してくほうが大きな喜びになっていくと思います。

きっと今まで舞い込んでこなかった喜びも、いい匂いや楽しげな雰囲気に誘われてやってくるはず。僕はそう信じながら、今日も喜びを数えて、ありがとうを忘れずに生きていきたいと思います。

幸せは、冷めないうちに。

それではっ!

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