人は人の「思いやり」で救われるんだということ|天理教の「おたすけ」について

いつか「思いやり」の心で満ちた優しい世界を、君に見せたいな

信仰のある暮らし

いつか世界を「思いやり」で満たしたい。

こんにちは!『今日も信仰は続く』をご覧いただきありがとうございます。桑原信司です。

気軽に信ちゃん(@shin0329)って覚えてもらえたら嬉しいな。

今日は僕の信仰生活のなかでもとくに大切にしている「おたすけ」と、その根幹となる「思いやり」について。

「おたすけ」とは、僕が信仰している天理教でよく使われる言葉で、漢字を当てるなら御助け、または御救けとなるでしょう。

「御」という言葉は、「御供え」「御神酒」など、古くは神様に捧げるものにつけた接頭語。

ですから、人をたすけたい、または人の役に立ちたいという心や行動(たすけ)を、神様に捧げる(御)という意味になります。

つまり「相手を思いやる心」は、おたすけをしていくための原点。僕がこのブログで提唱している「信仰のある暮らし」には、欠かすことのできないポイントなのです!

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世界を変える「思いやり」

いきなりですみませんが、僕は今、病院のベッドの上でこれを書いています。

今回の入院は「抜釘手術(ばっていしゅじゅつ)」を受けるための入院。これは骨折治療のために入れていた金具(ボルトやプレート、ワイヤーなど)を身体から抜き取るための手術ですね。

昨日無事に終わり、安静にしていました。手術自体はやはり怖かったですが、みなさんからの「思いやり」が込められたたくさんのメッセージに励まして頂いて、リラックスして臨むことができました。

本当に、ありがとうございました。

そんな日々のなかで感じたのですが、やっぱり「思いやり」の力ってすごいなぁと。勇気も、喜びも、幸せも、感動も…思いやりの心は、受けとる側の心にたくさんのプレゼントをくれますよね。僕も本当に嬉しかったです。

いつかこの世界が、そんな「思いやり」で満たされたとき…それは本当の世界平和だと自信をもって言えるし、それこそ天理教が目指している「陽気ぐらし」なのだろうなと確信しました。

戦争・暴力の反対語は、平和ではなく対話です」これは埼玉大名誉教授の暉峻淑子(てるおか いつこ)先生の言葉ですが、やはり対話が武力行使へと頽廃してしまう要因は「相手を思いやる」心が欠けてしまうこと。

逆に「思いやり」の心さえあれば、この殺伐とした社会は、対話を中心とした良質なコミュニケーションが行き渡る社会になっていくのだと、僕は信じています。

AI にはできない「思いやり」

近年ますます発達している AI (人工知能)。近い将来、ほとんどの業務は AI に奪われるだろうと多くの専門家が警鐘を鳴らしていますが、ことさら「思いやり」をベースとしたコミュニケーションは彼らの苦手な分野です。

手術を控え、緊張でこわばる僕が Googleアシスタントにたすけを求めても、返答はこんなかんじでしたから。笑

無慈悲!!!!

やはり、人を想い、人を気遣い、そして人を救うのは知能やテクニックではなく「心」なんだと確信しました。

思いやりは、心と心のコミュニケーション

今回の骨折のきっかけになったのは、1年前の交通事故。トラックと衝突して意識不明の重体で病院に運ばれ、緊急手術を受けました。そこからの生還でしたから、周りには奇跡のようだと喜ばれました。

けれど僕自身は、正直ぜんぜん喜べなくって。

交通事故にあうまでは健康そのものだったからこそ、障害を抱えることに対しての絶望感・恐怖感がどうしても拭いきれなくて、毎晩のように泣いていました。

けど、そんな僕を救い上げてくれたのは、仲のいい友人や家族親戚など「思いやり」あふれる人たちの言葉や行動でした。

「おもいやり」を漢字で書くと「思い遣り」と書きます。

「遣る」はそこへ行かせるとか、あげるとか、そういう意味ですから、「思い遣り」とは「思い(気配りなど)」を「相手に届ける」という意味の言葉になります。

つまり「思いやり」とは、こちらの気持ちを相手の心へと届ける、心と心のコミュニケーション

そんなコミュニケーションを周りの家族や友人がとってくれたからこそ、僕は前を向くことができた。それは間違いないでしょう。

「人を思いやる力」が求められる時代へ

人は誰しも、健康でいることを望んでいます。ですが、それが叶わない人もいます。

生まれ持ったハンディキャップに苦しむ人もいれば、僕のようにある日突然大怪我を負うことだって起こります。身体は健康でも、心がストレスで押し潰されて辛い思いをしている人もたくさんいるでしょう。

人生、何が起きるかは神様にしかわかりません。だけど、僕ら人間にもわかっていることがあります。

それは「人は決してひとりじゃない」ということ。

とくにこれからの時代は「どれだけ人を思いやった行動ができるか」が、人として社会で活躍していくうえで大切なキーワードになります。そうでないと、AI に立場を奪われちゃいますからね。

どんなときも「思いやり」を込めて

医学や心理学が進んで「こんな状態のときは、こう対応すればよい」という対処方法がこの世にはあふれています。

宗教家ですら「こんな状態のときは、この教えを説けばよい」とするきらいがあります。

僕はどちらも今後は廃れていくと思います。なぜなら対処法を演算して提示するのは、AI がもっとも得意とする領域だから。

やはり大切なのは、それらの手助けを借りながらも、最終的には「人として相手を思いやる気持ち」を込めて接すること。

冷えた相手の心を、じんわりと暖めるような「思いやり」の温かさだと思うのです。

僕の「思いやり」を届けます

世界には、困っている人がいれば、必ず「力になりたい」を申し出る人がいます。悩み苦しむ人がいれば、必ず寄り添ってくれる人がいます。

例えあなたの周囲にいなかったとしても、画面の向こう側で、僕が待っています。そのためにこうやってキーボードを叩いているのだから。

おかげさまで好評をいただいています。こんな僕でよければ、頼ってくださいね。

それではまた次の記事でお会いしましょう。信ちゃん(@shin0329)でしたっ!

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