僕は不機嫌な人が苦手なんだよ

僕は不機嫌な人が苦手なんだよ

信仰のある暮らし

こんにちは、信ちゃん(@sh1n0329)です。

僕は昔、倉庫整理のアルバイトをしていたことがあったのですが、ある日、上司を呆れさせたことがありまして。

それは「桑原くん、仕事中に口笛を吹くのはちょっと…まぁ仕事が楽しくて仕方がないのはわかるけどな!」というもの。誰も見ていないところで吹いていたつもりなんだけど、どっかで見られちゃったみたいです。笑

僕は口笛を吹くと、不思議とご機嫌になれるから好き。あ、もちろんTPOは大切ですよ。

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不機嫌な人が苦手な理由

仕事をしていると、こんな風に感じることはありませんか?

 この人、今すごく機嫌悪いなぁ… 

ここで冷静に「どうかしましたか?」と聞ける人って、ある意味すごい度胸の持ち主ですよね。気の弱い僕はいつも、これ以上機嫌を損ねないように…とビクビクしてしまいます。それがミスに繋がり、怒鳴られてしまうこともしばしば。あれ??

怒り」っていう感情は、どうも人を巻き込みやすくて、周囲の人間に悪影響を与えてしまいがち。なかでも特に気をつけなきゃいけないのが、操作性があるということです。

たとえば、人はそれぞれに自由な心があって、波長が合うことはあっても自分の思い通りにはなりません。それなのに、

部下ならこれくらいやってくれてもいいはずだ」

家族ならこれくらいわかってくれてもいいんじゃないか?」

こんな風に「不機嫌になる」という手段を使って、自分への気遣いを強要する人や、自分の思い通りに周囲をコントロールしようとする人がいるんですよね。正直ちょっと…苦手です。

そもそも不機嫌になる原因はなんだろう?

僕はどちらかというと不機嫌な人に振り回されるタイプなので、いつも心の底では「こんな人間にはなりたくない…!」と感じています。

しかし、そうもいかない日々もあって。特に相手が家族ともなると、ついつい自分が不機嫌になってしまうことがあります。家族なんだからわかってくれよ、みたいな。

なんだ、僕も僕自身が苦手とする人間になっちゃうじゃないか。

これではダメですよね。キチンと反省するためにも、ここらで不機嫌について考えてみたいと思います。

不機嫌の原因 1. 思い上がり

人はなぜ不機嫌になってしまうのでしょうか?

これはあくまで僕のケースですが、「こんなはずじゃなかったのに!!」と感じているとき、不機嫌になっていることが多いと思います。

それは言い換えれば「自分の思い通りにならなかった怒り」でもあります。冷静になって考えてみれば、この世に自分の思い通りにいくことなんてそうそうないのに、そんなふうに思い上がってしまう」ことこそ、不機嫌の原因となるのでしょう。

不機嫌の原因 2. 戦う勇気がない

次に思い浮かんだのは「僕は納得がいかない!!」と感じていて、なおかつ、それを相手に伝える勇気がないとき。

「僕は悪くない」「あなたが間違っている」というような「怒りの感情」がたとえ言語化できたとしても、それを相手に伝える勇気がないと、どうしようもなく悔しくなって、不機嫌な空気が漏れ出てしまうことがあります。

こっちのほうが、対処が難しい。確かな信頼関係、たとえば「この人には正直な気持ちをぶつけても、関係が壊れないだろう」と信じられるような関係でない限り、心のモヤモヤが晴れません。

そうなると「怒り」と向き合うのは自分しかいなくなります。けど、つい目をそむけたくなって、結果的に「怒り」の感情を無関係な人に横流しにしてしまいがちなんですよね。

しかし、これらはどう考えても成熟した大人のすることじゃないと思います。なんていうか、ダサいし。

身体を動かす、好きなことにうちこむなど、とにかく自分にあった「ストレス発散法」は、社会人なら見つけておいた方がいいなと感じます。

そして、落ち着きを取り戻したら振り返ってみる。案外、見落としていたものに気が付くかもしれませんからね。

まずは心を静められるように

僕の信仰している天理教では「良いことも悪いことも、神様が見てくださっている」と教えられます。

ひとがなにごといはうとも かみがみているきをしずめ

(人が何事言おうとも 神が見ている気をしずめ )

みかぐらうた 四下り目

相手に不機嫌な態度をとられたら、こっちも不機嫌になってしまいますよね。「どうしてそんな態度をとられなくちゃいけないの?」となっちゃいますから。

けど、最初にも書きましたが「怒り」は人に伝わりやすい感情なのです。なので、やられたらやり返す、の精神でいるとどうしても「不機嫌が不機嫌を呼ぶ」という負の連鎖が始まってしまいます。

それじゃあ、どうしたらいいのか?

僕が信仰から学ばせてもらったのは、まずは「自分はしない(心を静める)」ということ。けど、それはただ我慢することでも、無関心を決め込むのとも違います。

すこし大げさですが、これは「負の連鎖を止める」という挑戦。

そしてその背景にあるのは「神様という絶対的な第3者」が見てくださっているという安心感。ここに安心してもたれるとき、もっと広い視座(パースペクティブ)で物事を見つめることができます。

「神様は今の僕をご覧になって、どう思われるのだろう?」

この視点から物事を見てみるだけでも、見え方が全然違います。

そして強いパートナーシップを結ぶ

ちなみに前述の教えには続きがあって、

ふたりのこゝろををさめいよ なにかのことをもあらはれる   

(二人の心を治めいよ 何かの事をも現れる )

みかぐらうた 四下り目

相手と自分の、両者の心が治まったなら、つまり心から協力しあえるような強いパートナーシップが結べたら、どんな結果も現れてくる、ということを教えられているのだと思います。

そしてきっと、これがベストアンサー。人に命令して働かせるのでもなく、逆に忖度して動いていくのでもなく、「お互いが、お互いの理想のために協力しあう姿を、神様は望まれているんですよね。

僕も今は若いけど、いずれは上司より部下の人数の方が増えていきます。またプライベートでも今は独身ですが、いずれ家族を迎えたいと思っていて。

そのときは、不機嫌で人をコントロールする必要もないくらい、ひとりひとりと強いパートナーシップを結べる、器の広い人間になっていたい。

いつまでも下手くそな口笛を吹いている、ご機嫌な人でいたいのです。

いつでも微笑みを
そんな歌が昔あったような
今こそその歌を
僕達は歌うべきじゃないかなぁ

Mr.Children「いつでも微笑みを」 /  作詞・作曲:桜井和寿
いつでも微笑みを / Mr.Children It’s a wonderful world

いつでも微笑んでいられたら、きっと周りの人も微笑んでくれそうな気がします。それでもし誰かの不機嫌がやわらいだとしたら、最高だなぁ。

それではっ!

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