心が晴れない日も側にいるから、強がらなくたっていいのさ

「私の心はいつも晴れ」じゃなくたっていいのさ

信仰のある暮らし

こんにちは!『今日も信仰は続く』をご覧いただきありがとうございます。桑原信司です。気軽に信ちゃんって覚えてもらえたら嬉しいな。

本日の京都の天気は曇っていて、空には濃淡の少ない薄いグレーの雲がどこまでも続いているようでした。

晴れの日、曇りの日、雨の日、いつだって空は刻々と表情を変えていきます。そんな空は、よく人間の心に例えられますよね。

「心が晴れ晴れする」「心が曇る」といった言い回しや、「女心と秋の空(どちらも変わりやすいという意味)」なんてことわざもあります。

透き通るような快晴も、雨風がぶつかる嵐の日も、深々と雪が降る日も、どれも1週間続けばたちまち災害になりかねません。どんな天気でも、いずれ変わりゆくものだからこそ「情緒」が生まれるのです。「エモい」と言ってもいいでしょうか。

そして、それなら同じように心の浮き沈みだってむやみにマイナスに捉える必要もないんじゃないのかな、と思った話です。

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心が晴れないとき

つい最近、「最近モヤモヤすることが続いて、どうしても心が晴れません」というご相談をいただきました。

その方はとある事情で、この頃ずっと気持ちがふさぎ込んでいたそうです。どうにかして気分を紛らわせたいけど、そのやる気すら出てこなくて落ち込む日々を過ごしているとか。

そんな相談を聞いているうちに、僕はなんだか自分まで悲しくなっていきました。聞かされた話は僕にとって経験したことのない出来事なのに、なんだか共感して、最後には目がウルウルとしてしまいました。

ところが一方で、その方は「話を聞いてもらったおかげで、少し元気が出てきた」と言われたのです。もしかしたら聞き手である僕に気を使ってくださったのかもしれませんが、それでもなんとなくスッキリしたような雰囲気をその方から感じて、僕はすこし安心しました。

「心はいつも晴天」じゃなくても

たまに「天気は変わるけど、私の心はいつも晴天です」という「強い」人がいます。別にそうでない人を「弱い」というつもりはなくて、僕は 「心が晴れない」ことに焦りやいらだちを感じるような必要はないということをお伝えしたいのです。

大切なのは「心が晴れない日」をどうやって過ごすか、だから。

例えば、雨の日は誰だって濡れないように傘を差しますよね。だけど、辛い出来事が降りかかってきた時に「負けたくない」「弱い自分を見せたくない」からか、心に傘を差せないで濡れてしまう人がいます。その辛い出来事もいずれは終わるのだろうけど、それでは心が風邪をひいちゃうでしょう?

どうしようもなく悲しくて涙する日、不安やストレスに押し潰されそうな日は、生きてるうちは何度だってやってきます。

だからそんなときは「無理して強がらなくてもいいんだよ」と言いたくもなるのです。おせっかいかも知れないけれども、僕も過去にはそんな優しい人たちに救われてきたから。

濡れた心には、ふわふわのバスタオルを

僕がまだ小学生くらいのころ、ある日の学校の帰り道で、急に振り出した雨に打たれてびしょびしょになって帰ってきたとき、母親は玄関までバスタオルを持ってきてくれました。「風邪をひかないように、しっかり乾かしなさいよ」と心配しながら。身体はずいぶん冷えたけど、かけてもらった気持ちは温かかったなぁ。

天理教には「晴天の心」を定めるようにというお言葉があります。それはきっと「雨ニモマケズ/風ニモマケズ」みたいなストレスに強い心ではなく、人の心をぽかぽかと温めるような、明るくて優しい心を指していると思います。

僕も母のように、心が晴れないと落ち込む人に、ふわふわのバスタオルのような「温かな気持ち」で接することができる優しい人でありたい。今日みたいな雨の日は、余計にそう思います。

だから僕も、心はいつも晴天でありたい。それは「どんなストレスにも負けない前向きな心」ではなく「悩み苦しむ人に優しく温かく接することのできる心」という意味での、「晴天の心」。

木曜日からは空もまた晴れるみたいですね。あなたの気持ちも早く晴れますように。

それではっ!

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