素敵な選taxiを。楽しい方へ、喜べる方へとウィンカーを出していこう

人生の道に迷ったときこそ、楽しい方へ、喜べる方へとウィンカーを出していきましょう。

信仰のある暮らし

こんにちは!『今日も信仰は続く』をご覧いただきありがとうございます。桑原信司です。気軽に信ちゃんって覚えてもらえたら嬉しいな。

ゴールデンウィークだから、というわけではないのですが、僕は嬉しそうな人たちを目にすると、なんだか自分まで嬉しくなります。

そこにはもちろん「羨ましいな」とか「僕だって遊びに行きたいよ」という感情もなくはないのですが、そんな小さなことを考えて落ち込む自分はちょっとダサいかもしれない、と感じるようになりやめました。

とは言っても「そんなことは考えないようにしよう」と意識してフタをしても、ついついこぼれてしまうことがあるので、代わりに感謝の気持ちで吹き飛ばそうと心がけています。

きっと人と比べて落ち込むよりも、前向きで素敵な心の使い方だと思うから。

僕は嬉しそうにしている人を見かけては、心の中で「なんだかほっこりしたよ、ありがとうね」と呟くことにしました。

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「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ」

今から100年以上も前に、アメリカの心理学者ジェームズとデンマークの心理学者ランゲは「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」という理論を唱えました。この理論は2人の名前をとって「ジェームズ=ランゲ説」と呼ばれています。

僕らは悲しい気持ちになると、つい涙を流してしまうことがあります。だからなんとなく「悲しいから泣く」と思ってしまうのですが、この説は「逆もまたしかり」だということを世に広めました。

他にもわかりやすい事例としては「吊り橋効果」が有名ですね。吊り橋効果とは、揺れる吊り橋を渡った時のドキドキを、一緒に渡った人へのドキドキと勘違いして、それが恋愛感情だと思い込んでしまうという理論です。

恋をしているからドキドキしているのか、ドキドキしているから恋をしているのか。

考えれば考えるほどわからなくなるくらい、人の感情と行動は互いに大きく影響していることがわかります。

心だけが自分のもの

一方天理教の教えでは、「かしもの・かりもの」という教えの中で、「心だけが自分のもの」と教えられます。以前の記事にわかりやすく書きましたので、良ければご覧ください。

実はこの教えには続きがあって、人間のものである心の使い方は「自由」にしてもいいんだよ、という神様のお許しが続くのです。

さらに、その心の使い方次第で、身体の状態はもちろん、世界の見え方、ひいては自分の運命すらも変わっていくとも教えられました。

例えば、このゴールデンウィークを楽しんでいる人を見て、

  • 自分と比べてイライラしたり落ち込んだりする人
  • なんだかほほえましいなぁ、と思える人

の2人がいたとします。

ほら、もうすでに心の使い方1つで見えてくる世界は大きく変わっていませんか?この「差」はきっと、この先2人が切り開いていく人生にも大きな影響を与えると思います。

人生の旅と、運命のハンドル

人生を道に例えたとして、その運命のハンドルを握っているのは、やはり僕らの心。

その心をどんな風に使ったかという選択肢は、その後に見える景色や自分の運命にまで影響していく大切なものです。

それならなおさら、悲観的・否定的な方向に進み続けるのはほどほどにして、別の考え方も模索したいですよね。「できれば楽しい人生にしたい」と思うのは誰だって同じですから。

とりわけ僕には「信仰」という案内標識があるので、たとえ道に迷ったとしても楽しめる方へ、喜べる方へと進めている感覚があります。もちろん、たまに遠回りなように感じることもあるのだけれど、小さな幸せをたくさん見つけながら過ごせています。

先長く楽しんで通る道

人生は選択の連続で、ときには「どうすればいいんだろう」と悩むことや「あの選択は正しかったのかな」と迷うことは誰にでもあります。

もし、これを見ているあなたもそうだったなら、僕でよければ話を聞かせてもらえませんか?

あなたにとっての「喜べる道」が見つかるように、一緒に考えましょう。

それではっ!

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